忘れられない 10年前の あの声

あれは確か 21歳の時。


看護学生の私は 産科での実習をしていた。

ある日 病棟に行くと ただならぬ雰囲気。
悲痛な泣き声が聞こえてくる。

でも 分娩室からではない。
そして 産む喜びなど 全く感じられない
痛々しい 泣き声。

どうしたのだろうと思っていると 婦長(今なら師長)が現れた。

「今 二つの処置室に 状況の違う 患者さんがいらっしゃいます。
 けれども どちらも 事情があり 学生を 入れることはできない。」 と。


一人は 子どもができて 喜んでいた夫婦。
しかし 20週にも満たない中 お腹での死亡が確認される。
今から 人工的に 流産させるという その処置中。
悲痛な泣き声は この部屋から。
ときどき ご主人に向けられた言葉だろうか 
お腹の子に向けられた言葉だろうか
「・・・ごめんね・・・・」と 聞こえる。


一方 壁を一枚隔てて

16歳の女性。
独身。
妊娠してしまったが 産める状況ではないので
堕胎したいと希望し その処置中。
悲痛な泣き声は 聞こえているはず。



婦長から
「どう考える?」と。

これは 答えは求められなかった。
「自分で 良く考えてみて」 と。


病院では
ある病棟では 命が誕生し
ある病棟では 命が消えていく。
同時に起こりうる 不思議な場所だ。

しかし 産科では 同じ病棟内でも それは起こる。


そして、 同じ 消えていく命でも その状況が こんなに違う。

私は まだ 子どもを産んだことがないので
あの 悲痛な泣き声も 堕胎する気持ちも
どちらも 本当には 理解できていないと思う。

よその子でも こんなに可愛いのだから 
きっと 自分の子は もっと可愛いのだろう とか

お腹の中で育つ命と 一緒に過ごし 出産すれば
それはそれは 愛情をたっぷり 注げるのだろう とか


そういう 予想しかできない。
これが 出産後だったら もうちょっと 心に響くコメントが
できるのかものしれない。


産める環境にないのなら
なぜ 子どもができるようなことを してしまうのか。
この部分への 反感は 学生の時よりも
強く思うようになった気がする。



私は 産科で働くことは これから先も無いだろうけれど
産科で働きながら 生命誕生に 出会えない時は
きっと どちらのパターンでも 辛いだろうなと思う。


幼児虐待や 小さい子の事故などの 事件を知るたびに
10年も前の あの泣き声を 思い出す。



今日は まじめな文章なので 何も言わず ポチッとな。



*子どもができたら 読み直して コメントしたいと思って 書き残す。

この記事へのコメント

2006年08月02日 11:04
私は出産はしたことがあるけど、流産も堕胎もしたことがないので。
やっぱりたいしたコメントはできそうもありません。
ただ、生まれてきた瞬間に、「元気でうまれてきてくれてありがとう!」と心の底から感謝の気持ちが芽生えたのは、産んでみてはじめて味わった感情でした。
私も病院に勤めていたんですが、命の終わりに何度も何度も遭遇しているうちにだんだん人の死に慣れてしまい自分の感情が鈍くなっていくことに気づいたとき、恐かったです。
2006年08月02日 12:10
・・・ええ経験をしちゃったねぇ。

うちも中々子供ができんので悩んだ時期があったんよ。
今はまぁ授かりモンじゃけぇ、ボチボチ待とうやの心境じゃけど。

だから後先考えずにえっちして勝手におろす馬鹿カップルには無性に腹が立つ。えっちするのもええ事じゃし、子供ができるのもはなおええ事じゃが、おまえら責任も果たせよと。

もしそのおろされた赤ちゃんがあんただったらどう思うよ
この一言をゆうちゃりたい。

くみ
2006年08月02日 22:16
>tuyumameさん

医療関係のお仕事をされていたのでしたね。
わたしも 人の死に対して 慣れている自分を
発見した時に ドキリとしました。
これでは いけないと。
今は まず そういう現場に立ち会いません。

心の底からの 感謝の気持ち、
私には もうちょっと 先のようですが
楽しみにすることにします。
くみ
2006年08月02日 22:26
>root@もぶろぐさん

私も「そのうち 時が来れば」と
思うことにしております。

「子どもが欲しくて 欲しくて でも なかなかできない」 という立場の人間も いるのだということを もうちょっと理解してくれたら 責任のない行動は 控えられるんじゃないかなぁ と思うんですよね。

感情を抑えて 仕事が出来そうに無いので
産科 しかも 堕胎の現場に立ち会うことは
私は まだまだできないな と思います。  
2006年08月03日 00:56
怒りをどこにぶつけていいのかわからない
ニュースが最近多いのですが

命の大切さをもっと大事に、ちゃんと理解してほしい
って思います。

産みたいのに産めない人
生きたいのに生きられない人

「そういう運命だった」って言われれば
それまでですが
あらためて、命を大事にしなきゃ、って
思いました。

くみ
2006年08月03日 10:58
>icさん

たぶん「そういう運命だった」って言葉は
一生懸命に生きた人が 人生を振り返る時にこそ 許される言葉なのだと 思います。
命 大事にしなきゃ いけませんよね。
すどうどす。
2006年08月03日 23:07
家の姉が最近流産しました。
待ち望んでいたのに、去って行ってしまいました。
「それでも頑張って私の中で3ヶ月も生きててくれたの。嬉しいでしょ。」
と言う。

やっぱり姉ちゃんはすげーなー と思った一言。
くみっち
2006年08月04日 00:42
>すどうどす。さん

その言葉を言えるまでに きっと いろいろなものを ご自分の中で消化されたのでしょうね。
なかなか言えない言葉だと 思います。
そういう 周りへの気遣いのできるヒトになりたいと 思ってはいるのですが なかなか 難しいですね。
くみ
2006年08月04日 00:55
☆One-Peaceさんからの メッセージ

僕も真面目に考えました。
少し長いですが、皆様、御容赦下さい

私は4歳の娘を持つ一児の父であり、
二人目がなかなかできず、悩んでもいます。

その中で、最初のご夫婦にはかける言葉が
見当たりません。
「ごめんね」が聞えていれば、僕も一生忘れる事が
出来ないでしょう。妊婦の方には自分を責めないで
頂きたいと思います。

もう一方の人・・堕胎される方については、
怒りをとおり越して憎しみすら感じてしまいます。
一度、テレビで堕胎のエコー画像を見たことがありますが、
今でも忘れられませんし、えぐすぎて表現出来ません。
何かといえばすぐに「おろす」という男女は
事と次第によっては
犯罪者扱いにして良いと思います。
もしくは、中東に行って地雷処理でもやってこい!!
と思います。
くみ
2006年08月04日 00:55
続き

娘にも伝えたいと思っていますが、
我が家の家訓のうちの一つには、

「自分で責任のとれないことはやってはいけない」

というのがあります。当たり前のことですが、
妊娠した、もしくは妊娠させた「責任」とは何でしょうか。
きちんと育て上げてこその責任だと思います。

「できちゃったから責任とって結婚します」
実はこのフレーズが大嫌いです。
結婚したからといって責任はとったことにはなりません。
ちゃんちゃら可笑しいです。大間違いだと思います。

子供が自分で食べていけるように育て上げてこそ、
責任を果たしたと言えるのだと思います。

「子供ができた」と「結婚」は別のものです。
「結婚」はあくまで、大人の男女の「契約」でしかありませんし、
結婚してなくとも子供を立派に育てることは出来るはずです。
結婚を否定するものではありませんが、一緒にしないで欲しい
と思います。
くみ
2006年08月04日 00:57
続き

あと、「できちゃった」って言葉が嫌いです。
子供は望まれて生まれるものではないでしょうか。
変に茶化したこの言葉が嫌いです。
「自分が生まれることは望まれていなかった」と
少しでも子供が思ったとすれば、自分の存在を全否定
されるようなものです。絶対使って欲しくない言葉です。

子供は選べません。
生死を選ぶことが出来ません。
親を選ぶことが出来ません。

親とは、木の上に立って見ると書きます。
自分が自立し、面倒を見てこその親です。
最近起きている痛ましい事件は己の快楽のために
子供を犠牲にするという逆転から起きています。

自立できてないし、自分以外を見ようとしない
真の意味での親になれない図体だけが大きな
大人になれない子供たち・・
日本から真の意味での親・大人が減っているせいだと思います。
最近本当に日本滅亡って近いなって思っちゃいます。
マナーだとか、色んな部分で・・。

そうならないように頑張りたいです。
くみ
2006年08月04日 00:59
続き

子供も可愛いですし、子供達の住む世の中が
素晴らしい世の中である事。
それも大人の責任の一つだと思います。
偉そうに書いちゃいましたが、
僕もいい大人とは思えません。これからでも遅くない
と信じて頑張りたいと思います。

長い文章になっちゃってすいませんでした。
*******************
以上 メッセージで頂いたものを 残しておきます。

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